風邪で寝たり起きたりしていた間に、
小説「すばらしい墜落」(ハ・ジン著=白水社)を読みました。
翻訳本はほとんど読まない私ですが、これはちょっとおもしろそうだったので・・・。
帯には「ニューヨークに暮らす中国系移民の生活を描きつつ、普遍性を持った心にしみる短編集」とあり、訳者あとがきには「この短編集は中国人移民にとどまらず、孤独を耐え忍び、故郷を探す、世界中の無数の人びとの物語。だとしたら、これは、私たちの物語」とあります。
小説の舞台となっているのはニューヨーク・クイーンズ地区にある
チャイナタウン、フラッシング。
ここに住む中国系の人々の悲喜こもごもを、独特の落ち着いたタッチで描いています。
四川省に住む妹が毎日メールで車を買ってくれとねだって辟易とする話。
家庭教師に行った家で子どもの母親と恋に落ちる話。
同居している孫が中国人の名前は友だちにバカにされるからイヤだといって、息子家族と別居する老夫婦の話。
半年のビザで中国から母親がやってきて、共働き夫婦の家庭をかき回す話・・・。
中でも、いちばんよかったのは「恥辱」という話。80年代末、ニューヨークに留学中の「僕」のところに南京大学の恩師が使節団の一員として渡米し再会するのですが、
老教授は「僕」のアルバイトの時給が「自分の20倍だ」といってうらやむのです。
自分たちの世代は、若い盛りを政治運動に翻弄された「失われた世代だ」と、さみしそうに語ります。
老教授は英文学の先生であるのに、当時の中国では一度もヘミングウェイを原書で読む機会もなければ、ハンバーガーを食べたこともないのです。
そして、老教授は妻の薬代を稼ぐため、そのまま中国に帰らず、アメリカに亡命することを決意。中国領事館の追っ手から逃れ、皿洗いをして生き延び、ついに行方もわからなくなってしまいます。
80年代後半の中国のエリートが置かれた状況がよく現われていて、切なくなります。きっと、こういう実話もたくさんあったことでしょう。
それにしても、どの物語を読んでも思うのは、中国人にとっての「
家」や「
家族」というものは、日本人以上に、切っても切り離せないものだということです。
でも、中国人にとってさえ、「家族」はときに、わずらわしいもののようです。
私は最初のうち、著者のことを中国出身の女性で、私とほぼ同世代(?)の人だと思い込んでいたのですが、最後まで読んで、今年55歳になる男性だと知りました。
遼寧省で生まれ、10代のときに文革を経験し、20歳で初めて英語を学び、29歳でアメリカの大学に留学。その間に天安門事件が起きたため、帰国できなくなり、そのまま妻子を呼び寄せて、アメリカに帰化したそうです。
以来、20年以上アメリカで暮らし、現在はボストン大学英文科の教授をしています。
この小説もすべて英語で書いたものと知りました。29歳まで中国で暮らしてきた人が、アメリカの大学で「英文科」の教授というポストを得ることは、どれだけ厳しく、大変な道程だったでしょうか。
この著者自身が歩んできた苦難の人生について書いた本があれば、ぜひ読んでみたいと思いました。
ところで、この本を読んでいて、じわじわと伝わってくるのは、著者の中国に対する望郷の念です。
今では著者も、中国に自由に帰ることができるでしょうが、生活の基盤も、友人も、すべてアメリカにあるわけですから、中国に帰っても、きっと寂しく思うことや、自分の生活とのギャップを感じることが多いのではないかと想像します。
それはきっと、誰にも埋められない、さみしいギャップでしょう。
思い出したのは、天安門事件によって中国を出国せざるを得なかった人たち。二度と母国に帰れない彼らの望郷の念は、想像を絶するものがあります。
きっと、中国に住む家族も同様の思いでしょう。無事に過ごしていれば・・・の話ですが。
翻って、今の日本には、豊かになった中国から多数の私費留学生がやってきています。彼らの多くは豊かな生活を謳歌し、いくつものコミュニティを形成しています。留学が「特別なもの」であった時代とは、隔世の感があります。
チャイナタウンとは別の、中国人村もあちこちにあります。
日本語で小説を書き、芥川賞を取った楊逸さんという小説家も出現したように、若い彼らがいつか中国語か日本語で、日本を舞台にした「自分たちの物語」を書く日も、来るのかもしれません。
それは、ハ・ジンが書いたアメリカの物語とは、まったく異なるものになるでしょう。